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日常のつぶやき

日常のつぶやき 日記風に書いています。

フジコ・ヘミング

昨日は体調が悪くお風呂から上がると髪の毛を乾かさず眠りに入った。

朝起きてパーマのウェーブがあり

いつもストレートにアイロンをしているが

ちょっとだけイメチェンとウェーブを生かしてセットした。セットしたつもりでいた。

しかしいつも茶化す職場の同僚が

どうしたんですか?その髪型は?!と弄りに入ってきた。

あまり容姿を言われるのはいい気分じゃない。良い事ならまだしも笑いに持っていく方

フジコ・ヘミングみたいな髪型と言われ画像まで検索

ちょっとお疲れ気味な感じのヘミングさんの写真を周りにみせている。

しまいにはあだ名で呼ぶしまつ

怒りの扉は閉じているつもりでも

嫌な気持ちは収まらない

その人に今の自分の感情「今のあなた、きらい」とだけ伝える。短略的に。

職場から離れて考えると

そんなに変な髪型だったのか?

いや、自分的には許容範囲、娘に聞けば

わかる人にはわかる。わからない人にはわからない。

なるほど。

構われているうちが華なのか

茶化されてその場が和むならそれで良し。

そんな私、フジコ・ヘミング

フジコ・ヘミングウェイと間違えていい皆大笑い。

和める場を提供できればそれで良し

なりたい自分になれたのではないか

 

フジコ・ヘミングに似てると言われて些かムッとした私

しかしフジコ・ヘミング…素敵な女性かっこいいではないか!

これからまたいわれたら言われて本望といい返したい。

そしてフジコ・ヘミングとあだ名をつくようになったら

周りの違和感をたのしみたい。

言われて本望

 

 

マイナスイメージをぶっ飛ばせ

常に私は負の部分を見つけることが得意分野だ。

例えば今日の研究会で隣で座った男性

丸刈りでちょっとだけ強面、なんだか鼻息が荒い、、、気になる

最初から私はバリアを張ってしまう

ところが話すとオネエのような口調で

なんとまあ柔らかい、笑みを浮かべて話し始めた。

心理学の研究会

自分が変わりたいと思って参加を始めたこと

昨日まで参加をするのを悩んでいたこと

職場の中堅の立場で悩んでいること

その人と一致し共感し勇気づけられたのだ

「やる気をなくしたのではない

やる気をなくすと言う決断を自分でしただけだ

変われないのではない

変わらないという決断を自分でしただけだ」

マイナスイメージで考えるクセがついている中でクスッと笑えることがあることが好きだ。

それに気づけただけでも

カラを破ろうとする自分に勇気がでたのだ

 

 

忙しい

私は忙しいと思われるのが嫌いだ

Facebookや友達のメールで

「〇〇ちゃんは忙しそうだから会えないよね」

「いつもいそがしそうだよね」

と言う言葉に深く傷ついていた

 

結婚して子供が生まれても仕事をしてる

だから忙しいと

 

実際、日程あわせは難しいことがあるが

会いたい気持ちが勝って欲しいと思った

 

星野源さんは周りからいつも忙しいですよね

と言わていて嫌じゃないのかな?とふと思ったが

そうですね〜いそがしいですーその都度きちんとした返事を何度か聞いてるうちに忙しいの言葉は嬉しさが含んでいることがわかった

忙しいも聞こえによって陽のイメージになる

忙しくとも会いたい仲間に会え誘いもあり本当に忙しくて会えなくても何度か声をかけられ

源ちゃん参加するって!と周りが喜ぶような…

 

そして星野源は人生を漢字一文字にのアンサーに

「人」という字を選び

 

自分の周りはいい人たちばかりで助けられている。
人との出会いを、ちゃんと感謝出来る人。
それも、当たり前に…。

作った感謝ではなく、無理やりでもなく。

とアンサーをサラサラと話していた

だから忙しくとも誘いを受けるんだ

人は簡単に変えることは出来ないけれど

自分は容易に変えることができる

相手の気持ちになればいい

共に時間を過ごしてまた会いたいと思える人になればいい

♪くだらないの中に愛が

人は笑うように生きる♪

 

 

寂しい気持ち

四十半ばもとうに過ぎているのに

まだ子供みたいな感情が芽生える

 

私の職場は男女半々の人数がいる

男性陣は中二の少年のような派閥めいたことをし

女性陣は我関せず表面上仲良くし派閥もない

おもしろい現象だ

その中で私は宙に浮いている

女性陣の中にも入れず

会話の中に入れず…

それも良しと思える時もあれば淋しい時もある

基本寂しがり屋だから

私と気の合わない人とは仕事だけの関係と割り切り接しればよいのだと思いながらいるのだか

どうしても私が鼻につくようで、

私がふった会話にも聞こえないふりをされる

興味かない態度をされるが実は私の動向を観察している風もある

どっちなんだい

まあいいや

自分のことはいいし、仕事をすればいいし

ちょっと無視されてもいいやと割り切って相手の会話を引き出せるようなコミニュケーションをとればいいのだ

これができるかどうかは未来の日記に書くことにする。

空想だけの思い出

朝ゴミ収集車が紙ゴミを回収しているのを2階の窓からぼーっと眺めていた

 

少しずつ春めいて暖かさを感じるが朝はまだ寒い

ゴミ収集をしている若めの人はTシャツを肩でまくり無駄のない動きでゴミを回収車に取り込むボタンを操作しどんどんゴミ袋を放り投げていく

瞬時に家の町内のゴミは回収され颯爽と次の目的地へと向かって行った

 

娘が保育園に通っていたころ

先生、園児と共に晴れた日は園の周りをお散歩していた

その時に出会ったゴミ回収のお兄さん

子供たちは働く車が好きだ

ゴミを回収している様子をみて

わぁーと歓声を挙げたのだろう

その時にいたお兄さんがみんなの前で

バク転してくれたそうだ

それからみんなはお兄さんが大好きになり

散歩でゴミ回収のお兄さんに会うのを楽しみにしていた

将来の夢はゴミ回収のお兄さんという子がでてきた

だいたい同じ時間にくる回収車とお兄さん

会えるように同じ時間帯に園児はお散歩

颯爽とゴミをなげるお兄さんに会い

最後にバク転

わぁーと歓声を上げるこどもたち

 

見たことはないけれど

キラキラとまぶしい空想だけの思い出

 

今日みたTシャツを肩までまくっていたあの人かな?とタイムスリップした気分になった

感情

私は感情を言葉にのせやすい

だから緊張がすぐ言葉にでてしまう

なるべくゆっくりと話しをしようとしても

突っかかり吃りがでてしまう

 

いい言葉を選ぼうとすると尚更

しかし相手に対して素直に相手のいいところを話すとスルスルと吃らず話せることが最近気づいた。

それは自分をよく見せるためではなく相手の良いことを話すからだ

なにも飾らず良いと思った事を言葉にすればいいのだ素直に話せば吃りはない

 

そう気づくのになんと時間がかかったことか

 

アドラーを学んでいくうちに

星野源の考え方がアドラーなんだと益々思えてならない

自分のことなんていい

相手の素敵な部分を言葉に出すことで

毎日いい日だと思えるのだ

怒らない

怒らない

おこらないと読まず

いからない

 

いからず、えばらず、ただただ謙虚に

 

時には怒りも必要だとおもう

怒りの映画はそれを感じさせてくれた

どうにもならない怒りは時として

現実と向き合うことを拒み

辛い波が押し寄せるようである

解決方法など考えず波にのまれながらももがき苦しみ乗り越えれば

世界が変わって見えてくる

人生はその繰り返しなのだとおもう

 

一つの絵のような四季の風景

映画館から出て

渡り廊下から見る札幌一つの絵のような風景は

道路が長くのびて向こう側に山があり

ジャンプ台が霞んで見えた

その風景がとても澄んで見えて

悲しくもあり

涙を流した分

さっぱりとした澄んだ気持ちであった

おこらないではなく

いからない

怒りを持ってもどこか清々しく

清い心で受け流していきたい